久遠の闇夜が明けていく。
 与次郎は手伝いに来てくれた愛娘おけいと朝餉の準備を済ませ、三成に供した。おけいは味噌汁を作りながら、夫与吉の挙動を気にかけて与次郎に報告してくれた。与吉は、
「治部少輔様よりも村人の命の方が大事」
 と放言したと言う。与次郎は瞼(まぶた)を曇らせた。
(前から勝手な奴と思うていたが、まさか密告せぬであろうな)
「若し密告したら御前と離縁させ、わしが殺す、と伝えてくれ」
 与次郎は断言した。おけいは与次郎の憂憤に同調し、
「しかと念をおしておきます」
 と頷いた。
 与次郎はおけいと連立って、二日振りに下山した。おけいを見送った後、高時川の清流で汗を拭う。与次郎は先ず法華寺三珠院を訪なった。
 善蓬は与次郎の出現に温和な面立ちを強張らせ、無言で与次郎を奥座敷へ通した。
「どうしたのじゃ」
 善蓬はびくついている。
「治部少輔様が回癒なされた」
「それはよかった」
 善蓬はぎこちなく頬を緩めている。
「治部少輔様は一刻も早く、大坂へ帰還されんとしておる。湖北の様子はどうですか?」
 三成は江北から丹波を経て、能勢方面より摂津に入国せんと計画している。善蓬は与次郎よりその計を聴き、危うんだ。
「三千の田中兵が隣の持寺村に宿所を設け、虱(しらみ)潰しに治部少輔様を捜索している。何れ古橋にも押寄せて来よう。治部少輔様の姿を見たという噂は、今やここら一帯に広まっておるのや。人の口に蓋はできんからな。内府様は大津に宿陣して動かず。治部少輔様の大坂行きを何としても阻止する構えや。兵部大輔様自身ももう井ノ口村迄来ておるという」
 与次郎は沈鬱な顔色になった。三成捕縛は時間の問題であろう。
「直ぐ、治部少輔様を逃がさねば」
「そうした方がええ」
「併し何処へ」