少し緊張しながら美術室のドアを開ける。
室内はシンとしていて、誰もいなかった。
私は奥の方にある準備室も念のためのぞいてみたけれど、芦屋先生はいなかった。
今日は卒業式なのだから、美術室になんか来るはずもないのに。
でもこの美術室で、私は何度も芦屋先生に恋をした。
だから思い入れも強かった。
静かに美術室を出て渡り廊下を歩いて校舎へ戻る。
お母さんに「今から駅に向かうね」と伝えるために携帯を取り出して電話をしようとした。
そこで、手を止めた。
廊下の向こうに芦屋先生がいたのだ。
先生は担任として受け持った1年生と思わしき数人の生徒と、何かを話しているようだった。
生徒たちと談笑している芦屋先生は本当に優しい顔をしていて、思わず見とれそうになってしまった。
やがて、「じゃあ先生、またね」という声とともに生徒たちがいなくなった。
話しかけるチャンスは今しかないと思った。



