どうして突然私の下の名前を呼んだのかは分からない。


でも、足を止めて玉木先生と目を合わせて分かった。


彼女は何かを私に言いたいようだった。


「まさか生徒だったなんて、びっくり」


玉木先生はちょっとだけ含み笑いのような表情を浮かべて、


「付き合ってたの?芦屋先生と。それともどっちかの片想い?」


と聞いてきた。


「な、何を言ってるか意味が……」


玉木先生がどこまで知っているのか不安が広がる。


私は自分の声が動揺で震えるのを感じた。


「困らせたくて言ってるわけじゃないの。本当のことが知りたいだけ」


そう言って玉木先生は私の耳元で小声で囁くように


「芦屋先生が寝言で、萩って呼んだの。だからね、ずっと気になってたんだ」


と言った。


寝言?
寝言で私の名前を呼んだ?


どういう状況で芦屋先生が寝言を言ったの?


私の心の中でつぶやいた質問は、実際に言葉にはならなかった。
でも、玉木先生には聞こえたのかニッコリと微笑む。


「今答えられないなら、また今度聞かせてね」


「話すことなんて何も……」


「じゃあ、気をつけて帰ってね」


玉木先生は私のそばから離れると、靴を履き替えてさっさと出ていってしまった。