美術室へ移動する途中で、菊ちゃんがハッとした表情になり


「ごめん、忘れ物しちゃった!1回教室に戻る!」


と慌てたように踵を返した。


「え、大丈夫?私の貸す?」


「大丈夫!先生にちょっと遅れるって伝えてー!」


私の申し出を断り、菊ちゃんは元気よく廊下を走っていってしまった。


彼女を見送った後、再び廊下を歩き出した私の背後から急に誰かに肩を強く叩かれた。


「おはぎ」


呼ばれて振り向くと、真司がニヤニヤと笑みを浮かべて立っていた。


「なーんだ、真司かぁ」


「なんだとはなんだよ」


文句を言い合いながら二人で美術室へ向かう。


「今日さぁ、美術で持ってこいって言われてたもの全部一式忘れちゃったんだけど、どうにかなるかな」


思いもよらない真司の言葉に、信じられなくて思わず聞き返す。


「全部?スケッチブックも?」


「うん。新しい先生、よく知らないんだけどすぐ怒る人かなぁ」


「最初の授業だから大丈夫だと思うけど……。私のスケッチブックから1枚あげようか?鉛筆は?まさか消しゴムも持ってきてないの?」


「え、ほんと?1枚ちょうだい。今日ペンケースも忘れた」


呆れて何も言えない。
真司の体育以外への授業の取り組みはそれはそれはだらけ切っていて、私は彼のそういうところは理解出来なかった。


「じゃあさ、今日は美術の時間は隣に座ろう」


真司はそう言って私のスケッチブックを取り上げた。
取り返そうとして転びそうになったので、すぐにやめる。


「ダメだよ。菊ちゃんと隣に座るもん」


「なんで?鉛筆も消しゴムも貸してくれるんだろ?」


「そうだけど……」


言い詰まる私は遅れて授業に来る予定の菊ちゃんのことを考える。
勝手に真司と隣に座ってたら嫌な思いをしないだろうか。


「じゃ決まりな。先に行ってる」


と、真司は私のスケッチブックを持ってさっさと行ってしまった。