翌朝、淑乃様のお部屋へアーリーモーニングティーをお届けすると、すでに淑乃様はお召し替えを済まされ、窓から海を眺めていらっしゃった。
「藤臣さん、おはようございます」
振り返られた淑乃様は、複雑な表情をしていらっしゃる。
「どうなさいましたか?」
思わずそうお訊きしてしまった。
しかし淑乃様は、お気になさるご様子もなく、ティーカップを両手で包み込むように持たれ、お話してくださった。
「藤臣さんのご家族ってどんな方たちですか?」
一瞬虚を突かれたが、すぐにお答えする。
「父は銀行の支店長を務めておりましたが、定年退職後は専業主婦の母と2人、気ままな隠居生活を送っております。妹はすでに結婚し、2児の母として忙しくしているようです」
「それじゃ藤臣さんて伯父さんなのね」
そう仰る淑乃様の笑顔は、どこかご無理をなさっておられるように伺えた。
ご両親を亡くされたばかりの淑乃様に、酷なことを申し上げてしまった……
どう取り繕うべきか思案していると
「私はパパとママ、3人での楽しい思い出ばかりだし、今はお祖父さんも藤臣さんもいてくれるから、全然寂しくないんだけど……」
一口紅茶を飲まれると、淑乃様はそう仰った。
いつもは輝いていらっしゃる双眸には、翳りの色が伺える。
「世の中には家族がいるのに、孤独な人もいるんですね……」
そう仰って、カップの中へ視線を移された淑乃様のお言葉に、ふととある人物に思い当たった。
「淑乃様……」
傷心のお優しい主人へ、そっと呼びかける。
「出過ぎた発言をお赦しください。淑乃様が仰っていらっしゃるのは、宝井とその家族のことではございませんか?」
大きな瞳を更に大きく見開かれ、淑乃様は『どうして?』という表情で、こちらをご覧になられる。
「わたくしが学園の講師をしていることをお忘れでございますか?本来、執事メイドクラスは、高等部から全寮制となります。しかし宝井は家庭の事情を理由に、中等部の途中から寮に入りました。講師であるわたくしにも、事情は伝えられましたので」
そう申し上げると、淑乃様は安堵の息を洩らされて
「私が溺れたせいで、宝井さんを傷つけてしまって……あの日の夜中、海に行く宝井さんを見かけて、追いかけて行ったら……」
また一口、紅茶を飲まれてから、淑乃様はお言葉を続けられた。