使用人たちへ指示を出し、淑乃様がご不自由なくお過ごしいただけるよう、別荘をくまなくチェックしていても、心の中は常に今朝の光景が焼き付き、忘れることができなかった。
「藤臣さん、今夜のメインディッシュで使うラム肉がまだ届いていないのですが」
料理長の声に我に返った。
今朝、発注確認をしようとしたところに、淑乃様からご連絡があり、失念していたことを思い出す。
「すぐに業者へ確認する」
動揺を隠すべく、端的に返事をして踵を返した。
使用人頭として、何というイージーミスを犯してしまったのだろ。
業者へ確認の電話を済ませ、時間短縮の為にクルーザーを手配した。
無事に間に合ったものの、名家である松本家の使用人頭どころが、次期頭首でいらっしゃる淑乃様の執事としても、このようなことでは務まらない。
1日の勤めを終え、シャワーを浴びてから鏡を見る。
何と情けない顔をしているのだろう。
「お前は松本家の使用人頭だろう。次期頭首になられる淑乃様にお仕えする執事だろう。淑乃様の幸せは、お仕えする執事の幸せ。何を戸惑うことがある?執事とは滅私奉公で、常にお仕えする主人に、何ひとつ不自由なくお過ごしいただけるよう、最善を尽くす存在だ」
再び鏡を見る。
その表情に、もう迷いの色はなかった。
「わたくしは淑乃様の執事。淑乃様の御為に完璧な執事として、お仕えする者」
松本家の使用人頭としても、淑乃様の執事としても、常に完璧であり続けるのみだ。