「もう終わりさ」
サイモンは僕が部屋に入るなりそう言った。
「終わりって何がだよ?」
「すべてだよ。チームを解雇されたんだぞ」
サイモンは少し語気を強めた。
「確かにトッテナムは解雇されたけどチームならほかにもあるじゃないか」
「もういいんだよ。俺は引退する」
「引退って、夢を諦めるのか?それでいいのかよ?」
「うるさいっ」とサイモンは怒鳴った。「一時は代表がすぐこの手に掴めるところまでいったんだ。それがもうすぐ夢が叶うってときに怪我して、それでも必死に治して戻って来たっていうのに1年もしないうちにお払い箱さ。そんな俺の気持ちがお前に分かるか?」
サイモンの両目には涙が浮かんでいた。
でもそれが零れないように必死で耐えているようだった。
「確かにオレにはキミの気持ちが分からないかもしれない。でもなサイモン、キミの右足はオレの夢でもあるんだ。キミが代表に選ばれることをオレだって夢見ていたんだ。だからキミが解雇されたことはオレも同じように辛いんだ」
暫く僕たちはどちらも黙っていた。耳が痛くなるような沈黙が続いた。
「泣けよ」と先に僕が口を開いた。「昔よくお袋が言っていたんだ。泣きたいときは好きなだけ泣けばいいって。キミが一生懸命頑張ったってことはオレが誰よりも知っている。泣いたって状況は何も変わらないかもしれない。でもきっと心は変わる。涙は次のステップへの活力だ。だから好きなだけ泣けよ」
「何であんたの前で泣かなきゃいけないんだよ」
サイモンはひとしきり僕の顔を見つめ、そう言うと泣いた。
声を上げて泣いた。
僕は彼を優しく抱きしめた。
「引退するならそれでもかまわない。ほかのチームを探してもいい。オレはキミがどんな選択をしようとそれを尊重するし応援する。ただ後悔だけはしないでくれ。キミが後悔するってことはオレも後悔するってことなんだ」
僕が部屋を去るときサイモンの顔は少しだけ吹っ切れた様子だった。
「ありがとう」
最後にサイモンは僕にそう言った。
彼は今後のことは焦らずじっくり考える。
結論が出たら僕に連絡してくれると約束してくれた。


