「いえ、中国人」
「まさか独裁主義者では 」
 中国は北朝鮮とともに独裁国家として、米国を頂点とする自由主義国家陣営から嫌忌(けんき)されていた。
「違う。学費を稼ぐために日本で働いているの」
「お父さんの立場を知っているな?」
「勿論(もちろん)よ」
「何故独裁主義者ではないと言える?」
「日本は素晴らしいって言ってた。中国も日本を見習うべきだと」
 久坂は、いいしれぬ圧迫感に襲われている。
「一度、家へ連れてきなさい」
 笙子は久坂に頭から反対されるのではないかと畏れていたので、オーバーに感謝し、喜色満面で自室へ上っていった。
(全ては会ってみてからだ)
 久坂は愛子(あいし)を、愛護している。
(笙子は独裁主義者や破壊主義者と付き合う様な、馬鹿ではない)
 久坂は独り合点をすると、寝室に向かっていった。
 北朝鮮へ潜行(せんこう)している高山は、着実にスパイ活動を進展させつつあった。北朝鮮は慢性(まんせい)的な飢餓(きが)状態に、陥(おちい)っている。労働党政府は民衆の不満を、マスコミを利用したマインドコントロールと、強制収容所をフル活用した弾圧によって、押さえ込んでいた。然(しか)しながら自由を望霓(ぼうけい)する地下組織が結成されており、高山は反政府組織との接触に成功していた。
 金正大は、中国と軍事同盟を締結しており、核武装している。核施設を叩き壊し、拉致(らち)されている日本人の救出を名目として、北朝鮮へ出兵するのである。磨生内閣は、
「一人はみんなのために、みんなは一人のために」
 というスローガンを掲げて、国民の同胞意識を煽(あお)っている。
 このスローガンが本物であることを国民に周知させるべく、磨生は浮浪者収容施設を造成した。宿無し達にここで一年間訓練を積ませ、何らかの資格や技術を修得させた後、社会復帰させるシステムを取り入れたのである。
 街頭から浮浪者が激減し、アームテレフォン制度の普及によって、国民の安全も大幅に保障された。
「北朝鮮政府に誘拐され、強制的に不自由な監視下の生活を強いられている同胞国民を、これまでの無責任な民自党政府のように放っておくことはできない」
 磨生の広言には、これ迄の政治家にはなかった真実味があった。