何かが其処にいる感覚はあるが、何も見えない。
「誰なの?」
 難を逃れたOLは、正体不明のものに泣笑いしている。
 それは何も答えず、やがて去った。
 兎も角危難が去り、悪鬼(あっき)が死体と化しているのを確かめると、オフィスレディは近辺の交番へと急いだのである。
 友安警部補が殺人現場に到着したのは、それから一時間後だった。場所は、新宿の裏通りに面した公園内である。
「経村さん」
 友安は同僚に近寄った。経村の足元には、丸で溺死(できし)したかの様な、三十代の薄汚い青年が、水(みず)膨(ぶく)れの無惨(むざん)な土左衛門となって、転がっている。
 経村は、四十五歳のベテラン刑事だ。ゴリラ面を曇らせつつ、喋った。
「害者は女性を強姦しようとしてここまで追ってきて、突然何者かに殺された、と訴えでた女性が証言している」
「又ですか」
 今年の春頃から東京周辺では、泥棒しようとしていた者、人殺し寸前の者、レイプ直前の者、麻薬密売中の者等々犯罪未遂者が、相次いで溺れ死ぬという、怪異な事件が続発していた。奇怪なことに被害者は悪者で、水の全くない所で水死していた。然も殺戮(さつりく)者は、肉眼に映らないらしいのである。
 友安達警視庁の捜査官は、犯人の痕跡(こんせき)を捜し回っている。事件の証言者達はその何者かに生命や財産を救けられているし、本当に影も形も目撃していず、何も耳にしていない為、口証(こうしょう)のしようがなかった。ホシの指紋や頭髪、血液といったものも一切ないので、事件は藪(やぶ)の中に入り込んだ儘なのだ。
 マスコミは連日天誅(てんちゅう)実行犯を取り上げ、現代の英雄、義賊(ぎぞく)として論評しており、世相は騒然としてきている。