「……好き」


 彼は、私の隙をついて涙を胸の内に落とした。


「ばかやろう……。双子じゃ付き合えねってえの!」


 彼が私を突き放す。鏡の空間が波を立て、光沢が消えていく。結晶は割れ、破片が舞い散る。幸い、傷は付かないようではあるが、彼は危機迫った顔をしていた。


「本当にお別れだな……」


 時間の歪みだ、と察した。正反対を映していた鏡。その言い伝えを今から無くすのだ、と彼が補足した。

 つまり、私は元々あちらの世界の住人である事。彼こそが死産であった事。要は今までと同じ生活が帰って来る。

 何ら変わりはない。だが、そこに『鏡の彼』との日常は戻らない。『彼』だけがいない――


「振り向かずに走れ。絶対にこっちを見るんじゃねえぞ」


 彼に急かされて、私は自分の部屋が映る鏡まで一目散に走った。光沢はさらに消え、暗闇が増す。振り向かずに、そう強く注意されたが背後の情景が気になって仕方が無い。
 だけど、彼の言葉を破ったら私は二度と自分がいた世界には戻れない、そう確信した。
 鏡に手を伸ばし、床に触れた。足を踏み入れ、転がり込んだ。


「いたっ……」


 元の世界、元の部屋。帰って来たんだな、と私は思った。暗闇の中でカーテンが揺らぎ、人々の声がせわしなく聞こえている。

 そうだった……。こっちでは、私は行方不明者になってたんだっけ……。

 母が慌てていた様子を掘り起こした。今さら、何て弁解すればいいのか。ちょっと神隠しに遭いました、じゃ確実にビンタを喰らいそうな気がする。
 と、そこへ来訪者が現れた。


「お、母さん……!?」


 まずい、と思った。だが、母は思い切り私を抱きしめ、泣いた。事情を聞くよりも先に私の無事を喜んで、嬉しくて泣いていた。


「ごめん、なさい……」


 私は母に謝罪した。だが、そんな私の台詞を知らずか母の泣き声が泣き止むのには暫く時を要したのだった。