会場までのバスの中、あご下に立つ寺尾と先程の話を続けた。

「で、何を忘れればいいんだった?」

「あ、あのね、その……」

 口ごもりながら、なかなか言わない寺尾。

「あの、とか、その、とかを忘れたら、俺のボキャブラリーが減るんだが」

 それほど豊富ではないボキャブラリーを制限されては大変な事になる。

「そうじゃなくて〜」

 トイレを我慢しているように足をパタパタさせる寺尾。しかし擬音までアニメチックだな。

「昨日の、あーちゃんが言ってた、あの……」

 言いたい事は分かってるんだが、ここは本人の口から言わせたくなるのが、日本男児の心意気だろう。

「わかっ……てるよ……ね?」

 そうやって上目遣いで聞いてくる。

 恥ずかしそうな顔つきに上目遣いで途切れ途切れな言葉……。

 ヤバい、変な趣味に走りそうだ。

 これ以上引き延ばしたら、押し倒さないまでも抱きしめてしまう。

「多分、GさんやらKさんやらの話だろう、とは推測しているが」

「そう……ね? 昔の話だし。ね?」

 しかし待てよ。

 別に、付き合ってた、フラれた、という話ではなかったはず。

「そこまで言うなら忘れないでもないが、何でそんなに忘れてほしいんだ?」

 中学時代、上級生に憧れる、程度の話ならよくある事だが。

「それは……」

 寺尾はやはり口ごもり、また下を向いてしまった。

 あ、つむじが見える。寺尾は右回りか。

「分かった。そんなに言うのなら、取り急ぎ忘れておこう。まあ今後の展開次第でどうなるかは分からないが」

 俺の言葉の前半を嬉しそうに、後半を意味不明に受け止めた寺尾は、とりあえず

「へへ、やっぱり浅野君は優しいね」

と笑った。

 のはいいが、やっぱり?

 何でやっぱりが出てきたのかを聞こうとしたが

『間もなく県営プール前〜〜』

と車内アナウンスが流れた。

「イマイチ納得がいかないが、まあいい。よし、寺尾も頑張れよ」

「うん! 浅野君も頑張ってね」

 まずは目の前に控えた市大会を頑張ろう。