ほとほと、と。

 食堂の扉が遠慮がちに叩かれて。

 あたしも、やっと我に返るコトが出来た。

 多分、食堂担当の使用人さんか、給仕さんだろう。

 ウチは、屋敷の中でも人目がある。

 こんな風に、ボロボロな格好で、食堂の外に出るワケには、いかなかった。

 のろのろと、兄貴の着ていた上着を羽織って、また、悲しくなった。


 いつの間にか、兄貴の匂いが、変わってたから。


 子供のころは、確かに。

 太陽と草原に咲く花の匂いがしていたはずなのに。

 久しぶりに着た、兄貴の上着からは。

 野生の獣みたいな、匂いがした。


 ……オトナの……男のヒトの匂いだ……


 ……時間は、いつまでも、止まっているワケじゃない。

 いつまでも、子供のままでいられるワケじゃない。

 ……そんな簡単なことが。

 あたし、今までちっとも気がついてなかった。



 でも……でも、ね。

 これ、がオトナになるってことならば。

 こんな風に悲しい思いをするのなら。

 あたし、ちっとも、オトナになんて、なりたくない……よって。



 ……そう、思った……