そう考え着いた阿修羅の行動は速かった。即座に上掛けを取り払い、中にいた赤ん坊を側にあったナイフで突き殺そうとした。


しかし…。


『阿修羅旺(あしゅらおう)…。』
【っ……!】




恐怖。


その一言だけが、阿修羅の脳内を支配した。声を荒げた訳ではない、手を掴まれた訳でもない。


ただ、名前を呼ばれた。


それだけで、もう動く事が出来なかったのだ。許されなかった、と言っても過言では無い。その視線一つで、阿修羅は息をする権利さえ奪われたのだった。




『とにかく湯を沸かせ、コイツを洗って温めたい。何しろ、雪に埋もれていたんだからな。』
【分かりました。少し待っていて下さい。俺が、用意します。】


すっかり棘を抜かれてしまった阿修羅は、言われた通りに湯を沸かし始めた。
年に何度も立たない風呂窯の前に立ち、湯を混ぜる姿は使用人には見せられないものだろう。


それでも、弥勒からの命を他の誰にも任せる事など出来ずに、黙々と湯を混ぜる阿修羅。