「いやっ…」

拒まれ、顔に引っ掻き傷を負う。
女は逃げたが助からないであろう、凪の王はその場に踞り泣いた。


「うっ、うっ……ニサキ…母様…」

ビキの檻にしがみつき、痩衰えた小さな背を丸めると一層、弱々しく見える。
ニサキというのは王がしきりに睦言の代わりに呟く名前であった。


狂人として生きる國の王の最期を思うとビキは自然と伸ばした指を合わせる。



「ニサキの死は無駄にしないよ……」

ニサキは故人であり、王は理解しているようであった。


「その両の瞳で人を喰ったのかい、人の肉は硬いそうだけどどうなのかな?」

王はビキの飢えた色の瞳を眺めながら語る。


「お母様が君に入れ込むのもわかるよ。
君は美しい。生まれながら醜い僕には羨望の的だよ。
お母様に似ない僕は、あの醜悪な男に似た……」

容姿は王へ劣等感を抱かせるようだ。


「ナタリアも、最初は優しかったのに。お母様の代わりになってくれるって言ったのに。
僕のこと愛してなんてくれなかったから繋いだんだ。裏切り者!」

最早、王は一人のマギオという生き物だった。


「僕はニサキを殺した君も愛したのに!愛したのに……!」

子供の駄々のように泣き喚く姿は、ビキに哀れに映っている。


ニサキは、マギオの妹にあたる。
慰めることも知らないビキは、マギオの顔を覗き込むしか無かった。

くしゃくしゃなくせが付いた毛と、猫背で丸まった背中は彼を小さく見せた。