ビキを打ち付けると王子の肩で纏めた髪が靡いた。
ビキはその時、断片的に初めて記憶の中で王子に震えたことを思い出した。
舌を噛んでしまい、口に鉄の味が滲む。

薫る、王子の血を求めて喉が渇いた。


「彼は貴方の眷属なのですね。同じ眼をしている。」

グラスに移るビキと王子は瞳が緋く染まっていた。
黒瞳のビキにとっては、王子の血が足りていない警告である。


「……触れてしまった。」

汚いものでも触れたように王子はビキを叩いた手袋を摘んでシャンパングラスに浮かべる。


「不快だ、不快だぞ!」

アノルドが駄々をこねるように騒ぎ立てた。


「さあ、さあ、ショーはまだ始まったばかり。」

王子の脇から、愛想よい家来が現れる。
嫌悪を露にしてビキを仕度した者だ。

手摺りから大道芸人達がパフォーマンスを始めた、命綱無しで天井に括り付けられたロープを縦横無尽に移動して圧倒した。

カッツァは王子に不敵な笑みを浮かべ王子もそれで返し、カッツァは程なくパートナーの女性のご機嫌取りに消えて行く。


「下衆。」

王子が静かに呟いた。
女の品行の悪さを罵倒したのか定かではない。
ビキは王子の血に飢え、葡萄酒に手を伸ばした。


(瞳を閉じてもあかい……)

葡萄酒を口にする前にビキは酩酊したようにふらつき、瞼にびっしりと血管が這い廻るような熱さを持ちながら、ヒールでグラスの破片を踏みしめ窓を跨ぎビキは出て行く。
鼻をつく、濃密な芳香と葡萄酒の香りが甘い血液の味と混合した。


「……愚かしい。」

王子の纏う体臭が、血液に似た芳香だった。
王子の髪が抜け落ちる、正しくは鬘が落ちたのだが。


透けるような金髪が月夜に照り映えた。
仮面を外し、ビキと同じ真紅の瞳孔が現れる。
ビキは動悸が激しくなり、総毛立つ。

紅に塗れた、美しい風景の記憶が掘り起こされた。

少年と紅。