掴まれた左腕が痛い。
でもそれ以上に伊織の視線が痛かった。



「本気で言ってんのか?」

「………だったら…?」


行かないで、なんて泣いて言える程私は可愛い女じゃない。

言いたくたって、言えないの少しはわかってほしい。



「ふざけんなよ…お前、なんで本心隠すんだ!」

「っ、そんな怒る事じゃないじゃん!」

「怒る事だろ!
なんでお前はいつもいつも我慢する?」


寝室のベッドの傍で左腕を掴んで、まっすぐ私を見る伊織。

そんな伊織の視線から目を逸らしたくてもそれだけはできなかった。
目を逸らしたら自分自身に負けるような気がする。言わなくていいような事まで伊織に言って、子供みたいに当たり散らしてしまうかもしれない。



「俺が、お前に我慢させてんのは十分わかってんだよ。
でもな…本心隠してまで円香のとこ行けなんて言うな。」

「じゃあ……じゃあどうすれば良い訳?伊織は私にどうしてほしいの!?
私だって伊織が好きだよ、それでも…っ、言えない事くらい察してくれてもいいじゃない!」


掴まれた腕を振りほどいて伊織を睨みつけた。

壊れた蛇口みたいに目尻から涙が滑り落ちる。

壊れた蛇口、決壊したダム。

ずっと我慢していた事がズルズルと外に引っ張り出されるみたいに口から言葉を紡ぎだしていた。



「結婚したアンタを…っ伊織を縛りつけるなんて私にできるはずないじゃん!

今みたいに一緒にいたって…私と伊織を繋いでるのは細い糸みたいな関係なんだよ!」


確固たる糸はたぶん…、伊織が結婚した時に切れてしまった。



「どう足掻いても…

私と伊織の糸は繋がらないんだよ…」


認めたくなんかないけど、法律で守られた円香さんにはどんなに頑張っても勝てないんだから。


今の私と伊織はまるで、繋がらない糸みたいだ。