第76話

 その年の最後の雪が降ったその日。

 昭太郎は母親に海外での移植手術の希望意志を伝え、母親は軽く頷いた。
「待っていたのよ、その言葉を」

 自分なりに悩んで悩んでやっと結論を出した昭太郎はその言葉の意味が分からず母親の目を見つめ直した。

母親はゆっくりとした口調で話しはじめた。
「そう言ってくれるのを待っていたの。少し前に銀行の人にこの家の査定をしてもらったの、でも、とても手術費には届かなくて、私では借金ができないと麻由美に話をしをしていたんだけど、旦那さんの名前で借金をしてくれるという話になってね、いま8割ぐらいは準備できているの」

両手の拳を握りしめながら聞いていた昭太郎は「かーちゃん・・・」とこぼした。

 少し笑みを浮かべた母親はキチンと目を見つめて言う。
「でも、これはあなたの意志があって、初めてするべきことだから、あなたのその言葉を待っていたの、そういうことならば私は協力するわ」

 昭太郎の手を取り、頑張りなさいとばかりに手を揺する。

「そうか・・・ありがとう」

「麻由美の旦那さんにもお礼を言わないとね」

「結婚したばっかりだっていうのにな・・・」

「そうね、親戚にも話したんだけど、そんな海外なんて、ありえない・・・って聞く耳をもってくれなかったの」眉をあげる母親。

「そうか、嫌な思いさせたね。そんなことなのに、信彦は聞いてくれたんだね」

「そうよ、信彦さんはキチンと話を聞いて、お兄さんのためなら名前ぐらいいくらでも貸しますよって言ってくれたわ」

「そうか、ありがてぇーな」

「そうね、嬉しかったわ。がんばるのよ!」

「もちろん、頑張るさ」
ニコリとした昭太郎は母親の安堵の笑い顔を確認した。