第75話

「そんな簡単に言うなよ」

「簡単に言ってないわよ」

「彼女じゃないなら色々言うなよ」

アゴを突き出し斜めに構えた由紀はいつもの由紀とは別人のように表情がなかった。
「ばーか!あんたバカじゃないの!あんな訳の分からない猿芝居にだまされてあげたのに、あなたが何もしないで死んじゃったら、私が困るでしょ」

「・・・・・」

「生きなさいよ!」強い瞳で訴える由紀は続けた。

「そんな生活して、ゆっくりと死んでったら家族だってみんなだって苦しむんだから」

「生きたって辛いことばっかりなんだよ、病人のまま生きて何が楽しいんだよ」

「病人がつまらないなんて誰が決めたの!誰が病人のままだなんて決めたの!」
 いつのまにかゼスチャー混じりに言いあう2人。

「医者がそういうんだからしょうがねぇーだろ」

「あなたは医者が死にますって言ったら切り傷でも死んじゃうのね」

「何言ってんだよ」

「なんとかなるかもしれないじゃない」

「なんとかならないかもしれないだろ」

「そんなのその時考えればいいじゃない」

「そん時に借金とか抱えてたら家族とかが困るだろ」

「あんたのその覇気のない顔の方が困らせてるわよ、前向きじゃない昭太郎なんて見たくないわよ、借金がそんなに心配だったら死ぬ気で返してから死ねばいいじゃない、それまで死ななきゃいいじゃない。パソコンに向かってメールうってる暇があったらそのお金稼ぎなさいよ」

「身体が動かないんだよ」

「身体が動かないなら頭で何とかすればいいじゃない」

「どういうことだよ」

「そんなのあなたが考えなさいよ!」

「・・・・」

「・・・っていうか、生きてよ、淋しいから・・・ってゆうか、私が次にいけないから・・・・生きてよ」
 優しい表情でそう告げた由紀。

 由紀が助手席に乗り込むのを見つめていた。

 少しパワーウィンドーが下がったとき、車は急加速した。

 川縁に取り残された昭太郎。
「生きるって決めたら、頑張れるんだよな・・・
・・・・・・・・・・あとはヤルだけか」

 そして、薄暗い空から雪がゆっくりと舞い始めた。