サッカーの事なんて全く分からない。だから、誰がどのポジションなのかということも。

 それでも、このキラキラした世界をずっと脳裏に納めたくて、彼らを、中心にいる彼を一瞬たりとも見落とすことなく、瞳だけで追いかけた。

 握った手の拳も次第に汗ばんできた。


 ハーフタイムに入り、良一君は、あたしに気が付き、手を振って駆けてきた。

「宮田、来てくれたんだな。中入れば」

「ううん、此処でいいよ」

 それ、無理だから。

 だって、このフェンスの並びに黄色い声で声援する女子逹と、痛い視線が飛んでくるんだから。

 あたし、認められたカレカノなんかじゃないもの。

 ねぇ、良一君。この試合が終わったら、あなたに伝えたい事があるの。

 聞いて、くれるかな?


 目の前にいる彼の姿が、グラウンドの土が薄れていく。

 嫌だ!!
 あたし、まだ何も伝えていないんだよ? お願い。ちゃんと彼に一つの言葉だけ伝えさせて!!


「おや、この時間に満足行かなかったかい?」

「あの時の……。だって、伝えたい言葉まだ伝えてないもの!!」

「あれっ? 可笑しいね。あんたが強く願った事は会うことじゃろ?

 この飴では一つの願いしか叶えられないよ。それも実際の世界ではない。

 パラレルワールド限定でね」

 そんな……。
 会って、日常会話を交わして、心に思い出だけ作られても何の意味もないよ。

 伝えて初めて、意味のあるものになるんだから。

 良一君は優しいからみんなから人気がある。

 それでも、伝えたい。
 今からでも遅くないなら、もう一度、今度は伝えたいよ。


「いいかい、飴はこれが最後だからね。頑張りなされ」

 ……最後。

 そうだよね。いくら願いが叶うって言っても、こんなペロペロキャンディーにばかり頼ってられないものね。

 渡された飴を手にしたまま、しばし、飴と睨めっこをしていた。

 この飴、使う?
 それとも、そんなものに頼らないで頑張ってみる?

 ─おわり─

  ─ 10 ─