キャンバスが壁から降ろされて、丁寧に梱包されていく。
スタッフたちが撤収作業に駆け回る中、オレはひとりギャラリーの隅でその光景を眺めていた。

個展が終わった。

ギャラリーのキャパを超える来館者に連日悪戦苦闘したが、無事に幕を下ろすことができた。作業が終われば、近所のスペインバルで打ち上げだ。大食いのオレが満腹になれるよう、相川さんが選んでくれた店。楽しみだったのに、今は食欲よりも眠気のほうが勝っていて、もうこのまま横になってしまいたい。

達成感と無力感、両方味わった。胸のつかえが取れた。やりたいことが見つかった。好きな人を、もっと好きになった。
見下ろすのではなく見渡してみたこの世界は、なんて素晴らしいのだろう。
シャツの胸元を、しわが寄るほど握りしめる。目を閉じて飛び交う音や声に耳を傾けていたら、ふと高く澄んだ靴音が聞こえて目を開けた。

「お疲れ様でした」

「セイラ……」

夢じゃないかと何度もまばたきをして、その姿を確かめる。
会いたいと、思っていた。

「来てくれたんだね」

「最終日に来ると約束しましたからね。遅くなってごめんなさい」

いつもは色のない頬が、淡く染まっている。寒空の下、急いで駆けつけてくれたのだ。

「もう一度、あの絵を見たかったんですけれど」

「あの絵って……」

「とびきり下手で、可愛くて。わたし、ああいうのが大好きです。がんばりましたね、かなで」

どんなにたくさんの人から褒めてもらうよりも、セイラに認めてもらえることの方が嬉しい。もっと認めてほしい。もっと、オレのことを見てほしい。

「ねぇ、セイラ」

「なんでしょう」

「デート、してください。オレと」

声がかすれて、少し恥ずかしい。そんなオレを、セイラは笑わなかった。ご褒美なんて言わずに、一人の男として誘ったオレを尊重して、ただうなずいてくれた。