ざぁっと風が吹き抜けてく。集められた落ち葉が散り散りに飛んでくのを気にすることもなく、マリアさんはお腹をそっと両手で包んだ。

「私には、駿河君が光源氏に思えるの。知ってる?源氏物語。ちっちゃな子どもの紫の上を囲って、かわいがって育てて、おいしくいただいたっていうお話」

「なんとなく」

あんまり掘り下げてほしくない話だ。もしかしてマリアさんは今、赤ちゃんの耳をふさぎたくてお腹に手を当ててるのかも。

「駿河君が光源氏で、あいりちゃんが紫の上ね。きっと駿河君にとってあいりちゃんは理想の女性なんだわ。そう仕向けたかった節もあるのかも。でも駿河君は光源氏より一途だし、我慢強いし、鈍臭かったみたいね」

嫌い、と言ったわりに、駿河君のことを語るヘーゼルの瞳はやさしい。

「あいりちゃんの彼氏は俺です。相手がどんなイケメンでも、好きな子を囲って自分の好きにしようなんてヤツには負けません」

「いい心意気だ、少年。ただし、いまのは全部私の勝手な想像だからね。あと、私はあいりちゃんの味方だから。あいりちゃんの気持ちを、私は尊重するだけ」

バシッと決めてやったぜ、と言わんばかりのドヤ顔だったのに、次の瞬間「へっぷし!」となんとも間の抜けるくしゃみでみずから場を台無しにしたマリアさんは、ご機嫌を損ねてしまった。
こんなときは話をそらすに限る。

「美人はなにしても美人だから大丈夫ですって。それよりお姉さん、文学に詳しいんですね」

「まぁね。ほんの少し文学部だったときがあったから」

「大学行ってたんですか?」

「もうやめたけどね」

知らなかった。
いろいろと失礼な憶測が頭の中をめぐる、その前にマリアさんは言った。

「未練はないわ。特にしたいことも、なりたいものもなかったし。子育てっていう目標ができて、いまのほうが充実してるのよ」

屈託のない笑顔。そういう生き方もあるんだなって素直に納得した。
しあわせって人それぞれなんだ。

「マリアさーん、隼くーん」

あいりちゃんの声がした。イイにおいがする。俺たちがおしゃべりしてサボってるあいだに、なにか料理が出来上がったみたい。とたとた軽い足音が近づいてくる。
家の中からひょっこり顔を出したあいりちゃんは、俺たちを見つけてふわっと笑った。

「見つけたー。ふたりとも味見してもらってもいい?」

またネックレスを触ってる。この庭に、どんな思い出があるんだろう。

しあわせって人それぞれ。
あいりちゃんのしあわせって、なに?俺は君になにをしてあげられるのかな。