先にホテルにチェックインして荷物を下ろす。ホテルにはテーマパークと繋がってる特別ゲートがあるから、混雑するメインゲートを通らなくても入場できるんだって。

手続きを済ませた駿河君の後を追って、予約している部屋へ向かう。今回は、男女に分かれて三対三の部屋割り。この四面楚歌の状況をさすがに気の毒に思ったらしい遠野が「がんばって」と目配せしてきた。お前に応援されなくてもがんばってるよ、俺は。

楽しそうな女子たちと別れてたどり着いたそこは、もうすでに夢の国だった。内装、見晴らし、ぐるりと見渡して、冷や汗が出る。どういうことかな。事前にあいりちゃんを通して請求された金額じゃ、とてもじゃないけど足りないランクの部屋に見える。
これは大人がおごってくれてる可能性大じゃない?ダメだよ。いくら俺たちが子どもだからって、他人に旅行代をおごってもらう義理はない。それに、ちゃんとバイトしたからお金は持ってる。

「足りない分は、ちゃんと払わせてもらいます」

申し出ると、丈司さんはきょとんとして、駿河君だけが反応した。

「君は気が利くね。でも気持ちだけで充分だよ。今回は大人の厚意に甘えておいて。こいつも甘えてるんだから、ね?」

と完璧な笑みを向けられた丈司さんはグッと喉を詰まらせた。駿河君は丈司さんに対してだけ言葉尻がきついようだ。あいりちゃんの話を聞くに、ふたりはつまるところ腐れ縁らしい。そういう相手に出てくる態度は、底の知れない彼が垣間見せる素の部分なんだろう。結構こどもっぽい。そんな要素、イケメンにはプラスにしか働かないから少しも面白くないけど。

「もし懐に余裕があるなら、あいちゃんとの思い出作りに使うといいよ」

ちょっと席を外すね、と余裕綽々で駿河君は部屋を出て行く。
バカにされてる。このままじゃ引き下がれない。追いすがろうとしたら、丈司さんに止められた。

「やめなさい。君は人が用を足すのを覗き見る趣味でもあるのか」

「っ……ないですよ、そんなの」

ヤバい。席を外す、の意味さえくみ取れないほどあせってた。落ち着かないと。
ベッドに腰かけた俺を、丈司さんが冷たく見下ろしてくる。

「秋や……なんとか君」

「いま普通に呼びそうになりましたよね?」

「なんのことだ」

咳ばらいをひとつ挟んで。

「駿河はな、金に愛された化け物だ。知ってるか。本当の金持ちは、金を稼ぐんじゃない、増やすんだ」

ただならぬ雰囲気に、俺は思わず聞き入った。

「俺たち一般人には計り知れない世界があるんだよ。分かりやすく言えば、なんとか山くんにとっての百万円は、アイツにしてみれば百円くらいのもん、みたいな。そもそもの感覚が違う。そんなのと張り合おうとしても虚しいだけだ」

丈司さんは遠い目をしてる。きっと張り合おうとした過去があるんだ。

「駿河さんは普通の会社員だって聞いてたんですけど」

「そのとおり。俺は普通の会社員だよ」

戻ってきた駿河君に、俺はぎくりと肩を揺らした。

「丈司の言うこと、いちいち真に受けちゃダメだからね」

「駿河の言うことも真に受ける必要はないぞ」

丈司さんが舌打ちをして部屋を出て行く。ちょっと待ってよ、駿河君とふたりになってしまった。いまの話、ほんとかなぁ。丈司さんに遊ばれただけなのか、それとも。……なんか、もうお金の話はしたくなくなっちゃったよ。

「とりあえず、今回はありがとうございます」

「秋山くんは良い子だね。あいちゃんとのことも、信用してるよ」

出たよ。なんなの?度が過ぎたイケメンはみんなこういうプレッシャーのかけ方しなきゃいけない決まりでもあるの?素直に「気に入らないんだよ、このクソガキ」って言えばいいのにね。
でも、あいりちゃんの大切な人には認めてもらわないと。

「はい、任せてください。幸せにしてみせます」

俺なりの誠実な答えのつもりだったんだけど、逆効果だったかな。駿河君の笑顔は完璧なままなのに、その目は氷みたいに冷たい気がした。