やって来たのは、アパートからそんなに遠くない、古びた小さな神社だった。

枯れ木に囲まれた鳥居をくぐっても、人影はひとつもない。こんなところでなにするつもりなんだろう。遠野は砂利を踏み鳴らしながらまっすぐに詰所らしき小屋へ向かい、ささくれた木の引き戸をノックした。
まもなく中から現れたのは、巫女装束に毛糸のケープを羽織った上品なおばあさんで、遠野の話に優しくうなずいてる。少し離れたところからその様子をうかがっていた俺を、振り返った遠野が手招きした。あぁ、この砂利って足がしずんで歩きにくい。よろよろと近づいていくと、おばあさんから真っ白な封筒を差し出された。

「ご遺品やお人形の供養をするときに、捨てられないアクセサリーなどもまとめてお焚き上げしています。よろしければ、承りますよ」

遺品。供養。なかなかパンチのある単語に、思わずひるむ。

「俺、そんなにスピリチュアルとか信じてないんだけど」

「こういうのは気持ちの問題よ。罪悪感なく処分したいなら、お願いすればいいじゃない」

遠野に肩を小突かれた。まぁ、言われてみればそうかもしれない。おばあさんに言われるままに短冊のような紙に名前やらなにやらを記入して、封筒の中にネックレスを入れる。人肌になじんだチェーンが手からこぼれ落ちて、さらさらと紙をすべっていく音がした。

「こちらを手放されるにあたって、今までの感謝をこめて、拝んで行かれるとよろしいかと」

ていねいに両手で封筒を受け取って、深々と頭を下げてから、おばあさんは詰所の奥へ戻っていった。
呆気ない。

「ほら、拝んできなさい」

命令してくるクセに、遠野のほうが先に動き出す。俺はそのあとに続いてヒシャクを使って手を洗い、賽銭箱に手持ちの小銭を入れて、拝殿にぺこぺこおじぎをした。手を合わせて目を閉じる。
今までの感謝を――おばあさんは、そう言ってた。
あのネックレス。純粋に、あいりちゃんにプレゼントをあげたいって気持ちもあったけど、駿河君への牽制になればって思いも少なからずあったんだよね。

あいりちゃんは、恋愛と友情の区別もついてない危なっかしい子だと思ってた。駿河君に囲われて何も知らずに育った、可哀想な子だって。
ほんとは、そんなことなかった。大事なところでは流されてくれなかった。あんなにみっともない駿河君のことだって受け入れられる、ちゃんと愛を知ってる人だったんだ。ずっと一途に恋してたんだから、俺と恋人になろうとするのは、すごくつらかっただろう。
駿河君からは相手にされっこないって、あいりちゃんの素直さにつけこんで、傷つけて、縛りつけた。あいりちゃんのために、なんて笑っちゃうよ。俺は努力をはき違えて自己満足してただけだ。

こんなことしてあげれば、言ってあげれば、誰でも喜ぶだろうって心にもないことばっかりして、ちょっとモテるようになったからって調子に乗って、実際は相手のことなんてこれっぽっちも考えてなかった。あんなにたくさんの女の子と付き合ってきたのに、一度だって本気の恋じゃなかったんだ。だから上手な愛し方がわからなかった。

俺、あいりちゃんに、ひどいことばかりしてた。

何度も何度もネックレスに触れてた、あの健気な姿がよみがえってきて、もうダメだった。寒さを忘れるくらいの熱が喉の奥からこみあげてきて、鼻がツンと痛くて、こらえきれなくて、閉じてたまぶたの端から涙がぶわっとあふれてきた。
ごめんね、あいりちゃん。

息を殺すこともできない。立っていられなくてしゃがみこむ。ここがどこで、隣に誰がいるのか、わかってるのに止められない。思い通りにならない呼吸にとぎれとぎれになりながら、「見ないで」と言ったけど、伝わったかどうかはわからない。
遠野は、なにも言わなかった。ただ黙って、隣にいた。