よかった。扉の向こう側は、ハッピーエンドでまとまったみたい。
あいりちゃんになにかあったら、って心配で、帰ったふりして様子をうかがってたけど、なんてことなかったね。ほんとの駿河君は、度を越して臆病で、情けない、ただの恋におぼれた男だった。まったく、心配して損したよ。駿河君の嗚咽を聞きながら、そっとマンションを後にした。

エントランスの階段を下りてたら、そのままの勢いで走りたくなって、俺は駆け出した。
なんか、すっごくすがすがしい。
良いことしたときの、胸のすくような誇らしい感じ。ちょっとした冒険物語をクリアした気分。勇者はお姫様を守り抜いて、無事に王子様のもとへ送り届けたのだ。

冷たい風を切って走って、あっという間に駅に着いた。
あいりちゃんと知り合わなきゃ、きっと一生通り過ぎるだけだったこの駅。もう、来ることはないのかな。そう思うと、やっぱりすこし寂しくなってきた。

握りしめたままだった左手を開けば、チェーンが絡まったハートのネックレスが光ってる。あいりちゃんは優しいから、気持ちのこもったものが残ったらきっと扱いに困るだろうと思って奪い取ってきたものの。正直、俺が困った。これ、どうすればいいんだろう。簡単にゴミみたいに捨てる気にはなれないし、売るのなんて論外。ドラマチックに川とか海に投げ捨ててみる?ダメだね、それは不法投棄。

ほんとに困った。とりあえずネックレスはポケットにしまって、電車に乗って、我が家の最寄り駅で下りて、途方に暮れたまま帰り着いたアパートの駐輪場に、たまたま遠野の姿を見つけた。自転車の前カゴから、ネギの生えたエコバッグをひっぱり出して抱えたところで、向こうも俺に気づいたらしい。驚きすぎてエコバッグをひっくり返して、中身がコンクリートの地面に散らばってしまった。

「ちょっと、なにやってんのさ遠野」

しかたないから一緒に拾うのを手伝う。鶏肉、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ……今夜はカレー?それともシチューかな。卵がなくてよかった、大惨事になるところだったね。

「秋山こそ、今日はあいりちゃんと映画に行くんじゃなかったの?」

「映画はなしになったよ。別れちゃったから」

「……は?」

「安心して、あいりちゃんは駿河君と無事に結ばれたから大丈夫だよ。あっ、そうだ。遠野はアクセサリーのいい処分のしかた、知らない?これ、どうしようか、ほんっと困っててさ」

最後に転がってたコショウの小瓶をエコバッグに放りこんでやって、ポケットからネックレスを取り出して見せた。ピンクゴールド、あいりちゃんにはよく似合ってたけど、遠野には似合いそうにないね。これをプレゼントしたとき、あいりちゃんは泣きそうな顔で笑ってたっけ。夢の国、楽しかったなぁ。あいりちゃんも楽しそうにしてたけど。ほんとは、どうだったんだろう。

「秋山」

呼ばれて、顔をあげる。遠野が、無表情で俺を見てた。いや、ちょっと憂鬱そうな感じも入ってる。こんなところで二人向かい合ってしゃがみこんで、なにやってんだろ。

「……ちょっと待ってて」

そう言って、遠野はすくっと立って、家へ引っこんでしまった。待つって、どれくらい?もう年の瀬だよ。めっちゃ寒いんだよ。
その場でひざを抱えてたら、案外早く戻ってきた遠野にフードを引っぱられた。

「いつまでそうしてるの。立ちなさいよ」

お待たせ、の一言くらいあってもいいのに。首が締まって苦しくて立ち上がったら、遠野はすぐに「行くわよ」と歩き出す。

「待って、どこ行くの?」

なにも言わずに歩いていく背中を、俺は渋々追いかけた。