「行かないで…」
この声が、彼に聞こえればいいと思った。
この声が、彼に聞こえて欲しくないと思った。
独占したい以上に、困らせたくないから。
とぼとぼと村に帰っていく私を見送るように、笛の音はずっと終わることなく続いていた。
村に着くと、あの情報通の友達がいた。
「撫子?こんな夜遅くにどうしたの」
「えっと…」
あの山に行っていたと言いかけてあわてて口をつぐんだ。
夜月のことを誰かに否定されるのはとても悲しくて耐えられなかった。
黙っている私を見て、友達がいぶかしげに眉をひそめる。
「撫子、今あの山から戻ってこなかった?」
嘘をつくのは苦手だったけれど、このとき私の頭は夜月のことをばらさないために高速回転した。
「違うよ。あの近くにお使いに行ってたの」
ところが彼女はなかなかにしつこくて、引き下がってくれそうに無い。
「本当にぃ?あんな所にお使いに行くような所なんてあった?」
「あそこのおばあさんの家に、晩御飯のおかずを持っていってたの」
治まらない動悸を全力で無視して、言い訳を連ねる。
罪悪感もあったけど、それ以上に秘密を守りたい決意の方が大きかった。