─ Alice ?─

………



後ろを振り向くと、黒い人はもういなかった。



悲しげな瞳。切なげな声。


きっと私がそうさせてしまった。


けれど、今の私にはチェシャ猫しかいない。



薔薇のトンネルは嫌みなくらい強い香りを放ち、私の思考を遮ろうとする。



   チ リ ン




「はっ…はあっ…うあっ!!!」


足に何かが絡まり、地面に倒れ込む。




「…チェシャ猫の…鈴。」



チェシャ猫が引きちぎった鈴が足に絡まりついていた。


まるで私を引き止めるように。







「 ア リ ス 。」



耳に響く 愛しい声。




「 ア リ ス 、こっち。」




声が私を寄せ付ける。




「 ア リ ス 。俺の ア リ ス 。」




トンネルを抜けた途端、目の前に広がる赤い海。


まるで血のようにドロドロとした海は


私とチェシャ猫を隔てる最後の障害。



そして最後のチャンスだった。



不思議の国を救うため

不思議の国に居続けるための。


なのに私は考えもしなかった。



頭の中は空っぽだった。