私は走った。
走って 走って 走って
涙で前が見えなくなっても
ただ、ひたすら走った。
城の裏には、キングの言った通り薔薇園があった。
真っ赤な薔薇は優雅に咲き誇り、
地面に散らばる無残な屍たちを嘲笑っているようだった。
一歩、足を踏み入れると地面は少しぬかるんでいて
僅かに血の匂いがした。
「―― アリス。」
遠くで聞こえる懐かしい声。
導かれるように、自然と体は動き出していた。
グシャリ グチャリ と嫌な音を立てながら、私の足は歩み出す。
「 ―― ありす 。」
後ろからは別の懐かしい声。
けれど私は振り向かなかった。
「 待って 。 ――イカナイデ。」
僅かに震えた声。
私が初めて好きになった人の声。
けれど私はチェシャ猫を選んでしまった。
「――イカナイデ。イカナイデ。」
近づいてくる声から逃げるように
私は薔薇園を駆け出した。
ぬかるんだ地面から跳ね返る血泥にドレスを汚しながら。
私はただ、チェシャ猫のもとへ向かった。

