「ねぇ、この前あんたが言ってた<ザリガニちゃん>って何?」
マオはメンソールの煙を相変わらず天井に昇らせながら言った。
どう説明すればいいのか?
あたしは1分ほど沈黙した後、説明し始めた。

弟が捕ってきたザリガニちゃん。
あたしはそのハサミで初めてMを感じたこと。
そして濡れたこと。
そのザリガニちゃんの左腕をもぎ取ったこと。
そしてその(腕)を今でも保管していること。

マオは厚めの唇をきつく閉じたまま聞いていた。
そして、あたしが話し終えるとこう言った。

「腕をもぎ取るなんてまるでSのようね」

確かに。

その行為自体は決してマゾのすることではないのかもしれない。
でも、あたしはその左腕がどうしても欲しかった。
あたしを挟むザリガニちゃんの腕。
愛しくなるほど欲したのだ。

「それってさ、SMの本質だと思うよぉ」

と、仕切り板の裏で聞いていた牧原が口をはさんだ。

「いいかい、SとMは対極にあるものではないんだよ。
SはMを含み、同時にMはSを内包している。
人間誰しも心の中にSとMを混在させているのさ。
その両者をいかに具現化していくかでサドになるかマゾになるかが決定するものだから。
そのザリガニちゃんに挟まれて感じたMのおまえは、性的なSの衝動から腕をもぎ取った。
ただそれだけのことさ。Mを守り通すためにSが発動されたに過ぎないんだよ」

「なるほど」
マオが呟く。
あたしは何も言えなかった。


オーナー牧原。


彼の過去をあたしは何も知らない。
ただ、細い目の奥に光る眼球を見ていると、とてもとても深い闇を感じることができる。怖いくらいの闇。

ーSとMは対極にあるものではないー

初めて知った。