…さて、先述した通り、親父殿は見栄の為に少々高名な高校に俺を進学させた。まぁ進学校と言えば進学校だろう。天才[異常]たる俺にとって物足りない所は有るのだが。

 緑の葉が揺れ、色鮮やかな花々が咲き乱れる。幻想的な光景だ。科学が発達した公害だらけのこの御時世に、この美しい光景はそう見られる物では無いだろう。俺の心の中では世界文化遺産に指定されている。ガーデニング部による手入れが行き渡っているのだろう。どの花々も野生の力強さとは違い、どこか気品漂う気配を持っている。…まぁ俺の魔力に充てられてしまって多少の意志を持ってしまっているのだが。

「明神さんは優しい目でこのお花達を見て下さいますのね。」

 不意に後ろから声をかけられる。

「お早う御座います、京香先輩。優しい…とはまたどうしてそんな事を思ったんでしょうか?」

 この人は前園 京香(マエゾノ キョウカ)。二年生でガーデニング部部長。クセの無い黒く伸びた髪と、陶器のような白い肌が印象的だ。こうやって俺に普通に接してくれる数少ない人物の一人。誰にでも柔らかな物腰で接してくれる優しい女性だ。

「いえ、それは何となくです。女の勘…とでも言うんでしょうか?」

 クスクスと笑っていた彼女はそう言うとクルリと振り返る。

「私はこれから東校舎に行かなければならないので…。」
「あぁ、今日は裏門の清掃担当でしたっけ?大変だと思いますが頑張って下さいね。」
「ありがとうございます。明神さんも、勉強頑張って下さいね。」
「どういう訳か学内一位の席以外は全席満員なんですよ。」

 そう言うと彼女は苦笑しながら俺が来た道…裏門の方へと急ぎ足で歩いて行った。まぁ久々に京香先輩と話した気がする。しかし優しい目、か…。俺がそんな目をする筈が無いのにな…。
 再び歩を進めると、教職員がズラリと生徒玄関前に並んでいた。気合いの入った声で「おはようございまーす!」と叫んでいるのは野球部の顧問だろう。正直五月蝿くて適わない。もう少し声量を下げて貰いたいものだ…とは口に出さないでおく。
 
 
「…おはよう。」
 野球部顧問のボイス・テロを乗り切り教室に入ると、一斉に二十余りの視線が俺に降り注ぐ。

 ある者は羨望の眼差しを、ある者は嫉妬と僻みの眼差しを、ある者は好奇の眼差しを。