真っ黒な背表紙の本

アナタはわけがわかりません。何者かに監視されたとは思えませんし、自分を監視する人間がいるとも思えません。

仮に監視されていたとしても、この物語は、自分が本棚の前で止まり、この真っ黒い本を手に取るまでが綴られています。

だれかが自分の行動を手記した本をこの店に売ったとしても、それなら、自分がこの本を手に取ることまでは書けるはずがありませんでした。

自分と、まったく似た生活を送り、まったく似た性格、容姿、行動の常連が、ほかにいるのでしょうか。

考えにくい。

アナタは、そら恐ろしく感じながらも、「真っ黒い本を手に取った……」までしか書かれていないページを、めくりました。

ですが、本は、物語は、アナタがこれを手にし、開いたところで終わってしまっています。

残り、何百ページも書ける空白を残しているにもかかわらず。

腑に落ちない疑問と、得も言えぬ恐怖とを、アナタは溜め息でごまかしました。

つまらない本を開いた。

それで、終わりにしよう。本を閉じて棚に戻せば、それまでのこと。今まで買わなかったいくつもの本のように、記憶の底へ消えていく。

そう思い、アナタは本を両手でパタンと勢いよく閉じました。