彼は魅惑的な色を生み出し、幻だったかのように儚く消えていく。
捲くった、くしゃくしゃの浴衣の袖には点々と茶色い跡。
ごくごく小さな。
でも、はっきりした。
クリーニングでも落とせなかった。
当然だ。
これは汚れなんかじゃない。
消すことが出来ない、確かにあった現実なのだから。

受け止めなければならなかった。
それを拒むほど子供にもなれなかった。
私が悪かったのか、彼が悪かったのか。
きっと正解なんてなかったんだろう。
ただ、今の私の脳は。
夏の精一杯の演奏を、雑音として識別するだけ。


気が付くと、夜空はいつもの静寂さを取り戻していた。
胸のつかえも取れないまま、落ちていた指輪を拾い上げ、にらめっこをする。

その時、携帯電話が旋律を奏で始めた。
こういう時の勘はよく当たる。

「今、コンビニで花火セット買っちゃって。ほら、打ち上げとか入ってる、割とデカイやつ」
「…うん」
「…今から、出て来られない?」

下駄が入った箱をひっくり返した。

どうか。
あの夏にまだ間に合いますように。




end