それは、美咲と付き合い始めてから少し経ったある日の事だった。
「部長、タクシー来ましたよ」
タクシーをつかまえた事を伝える為に、俺はまた居酒屋の中に入った。
「雨、かなりひどいので気を付けて下さい」
俺は、良い具合に酔いの回っている上司を見送って、今度は自分が帰る為のタクシーを拾った。
―――1時…か…―――
時計に目を向けると、すでに日付が変わっていた。
―――あぁ、疲れた…―――
上司の事は決して苦手だと思っていないけれど、やっぱり長時間一緒に居ると疲れてしまう。
せっかくご馳走になったアルコールも、ただの水として俺に消化されていた。
―――明日は何も無し―――
俺は、雨音の響くタクシーの中で、携帯を開いてスケジュールを確認した。
他にメールも着信も無い携帯をすぐに閉じて、俺はにじむ窓越しに、外の景色をただ眺めた。
「有難うございました」
タクシーの運転士に見送られて、俺は自宅マンションのエントランスに駆け込んだ。
たかが数メートルという距離にも関わらず、俺の髪やコートには、たくさんの雨粒が張り付いた。
俺は、その雨粒達を手で払いながら、エントランスのオートロックドアに足を向けた。
けれど、その足を止めるものがそこにあった。