そして、いつの間にか荒ちゃんの打席が回ってきていた。荒ちゃんが素振りをする音が聞こえてきそうだよ。
荒ちゃんがバッターボックスに立つ。あたしは自然と剣道着を握りしめた。
「ストライク!」
ため息が漏れるスタンド。あたしはため息を呑み込む。だってまだわからないじゃん。そしてピッチャーが2球目を投げた。
「ファウル!」
金属音や、イスからペットボトルが落ちる音が耳に入る。1つ1つの音に敏感になっていくってこういうことなんだ。
荒嶋打てよ、かっ飛ばせ!
花龍のキャッチャーだろ!意地見せろーっ!!
スタンドの人々は口々に叫ぶ。だけどあたしは言いたい。
簡単じゃないんだよ、と。打つのはそんなに簡単なことじゃないんだと。
それにココは甲子園球場で、しかも今は決勝の最中なんだよ。
プレッシャー、不安、恐怖、荒ちゃんだけじゃなく、選手1人ひとりがたくさん背負ってるモノがあるんだよ。
あたしは祈るように手を握りしめて、荒ちゃんを見つめていた。


