『ソフィ』
私がそう呼ばれたのは、幼い頃の一度っきりだった。
リードと同じように美しい金髪の、優しい人…
ここまでは思い出せるんだけど、どうしても顔だけは浮かんでこない。
ずっと、のっぺらぼうのまま…
そうやって再び考え事にふけっていると、少し離れた場所から私の名を呼ぶ声が聞こえた。
「ソフィ!こっちにおいで」
声のする方へ目をやると、湖の傍でこちらに手を振っているリードの姿が。
いつの間に移動したんだろう?
小さな疑問を胸に抱きながら、私は言われるままにそちらへと歩いていく。
すると湖へ近付く程に、その美しい景色は否定できないものとなっていった。
空からは暖かな太陽の光が降り注ぎ、優しく心地の良い疾風が通る。
近くの森からは鳥のさえずりが聞こえ、まるで今手入れされたばかりのような芝生は正に緑の絨毯。
湖の水は底が見えるくらいに透き通っていて、その奥にある小さな滝には虹が掛かっている。
こんな綺麗な湖に来た事を忘れるはずはないのに、どうしてさっきは『懐かしい』だなんて感じたのかしら…?
「ここ、綺麗でしょ?ブルーネル湖って言うんだよ」
私と同じく湖を見詰めるリードが、問い掛けるような優しい声音で続ける。
「昔…有る人と約束したんだ。大きくなったら、もう一度ここで会おうって」
「それじゃあ…今日はその人と会いに?」
もしリードが誰かと会うために湖へ来たんだとしたら、私は邪魔にしかならないだろう。
だけど彼は哀しそうな表情を一瞬浮かべると、すぐに元の笑顔に変えて首を左右に振る。
「…ここには約束以外でもよく来るんだ。一番好きな場所だからね」
それだけ言うと、リードは私に背を向けて湖を離れていった。
まるで、顔…表情を私に見られないよう隠すかのように。

