「授業始めます」
目の前にはさっきの男。
朝と変わらない姿でみんなに
英語を教えている。
あの後あたしは、
速水の後を追わず。
少し時間を空けて
教室に戻った。
入って一言。
"遅いですよ、泉川さん。何してたんですか?"
ふざけんな、と思った。
いくら教育実習生だからって、
やっていいことと悪いことあるでしょ。
と言っても、ここで反抗するわけにも
いかず、あたしはすみませんと言って
手に持っていたプリントを
前の教壇に置いた。
"あ、みなさん。この1ヵ月、英語係は泉川さんに務めてもらいます。泉川さん、よろしくね?"
いいなー、とか。
羨ましいー、とか。
そんな声が聞こえてくる。
何がいいな、よ。
全然羨ましくないわよ。
ちっとも嬉しくなんてないわよ!
「教科書27ページ開いてください」
教科書が擦れる音。
それに並行して鳴り響く舌打ち。
あたしは猛烈に怒っている。
何に対してか、なんて
決まりきってる。
「はい、じゃあ…長谷川さん。読んで下さい」
「あ、はい!」
嬉しそうに返事をする。
そんなにその男が、
いい男に見えるか?
そんなに騒ぐほど、
かっこいいか?
あたしからしたら、
十夜の方がよっぽど…。
「…っ」
クラス全員の女子が教科書に
夢中になっている中。
あたしは何故か、速水を睨んでいて。
たまたま視線がぶつかったこの男が。
自分の額を指さすものだから。
あたしはさっきのことを思い出して。
また不覚にも。
少し顔が熱くなってしまった。



