「や、やめてよ…十夜、離し…っ」
どんなに言葉を放っても。
十夜は手の力を緩めない。
手首が痛くて、仕方ない。
「痛いっ…、十夜行くから。分かったから」
そう言うと。
静かに手を離す十夜。
「…悪かった」
小さくそう言うと、
玄関のドアを開けて中に入る。
あたしも続いて中に入ると、
いつも聞こえてくる声が聞こえない。
「あれ…、壱は?」
壱、とは十夜の弟。
まだ小さくて甘えんぼの壱は、
いつも誰かが来ると、
決まって玄関に走ってくる。
「ばばあとお前ん家。飯一緒に食うって」
ふーん、と納得。
こんなことはよくあることだから、
全く驚いたりはしない。
だけど。
家の中に誰もいないのは、
少し気が引ける。
「…座れよ」
「う、うん」
声が裏返る。
2人きりになったのは、
いつぶりだっただろうか。



