長い黒髪の、中性的な感じの人物だった。男だろうか? 女だろうか? 性別は良く分からないが、少年よりは少し年上に見えた。

「あ、あのっ、事故ですか? ひき逃げ? あなたも怪我を?」
 
オロオロしながら訊くと、その人物はハッとしたように少年に飛びつき、そして、乃亜から彼を守るかのように前に出た。

「──!」
 
その人物が何かをわめいた。

「…えっ?」
 
言葉が分からなかった。

「ええと……何て言ったの?」

「───」
 
その人物は何かを喋っているが、乃亜にはまったく分からない言葉だった。

(ええ…? どうしよう…)
 
乃亜はスカートの裾を握り、目を左右に動かしながら考える。
 
すると、慌てすぎて忘れていたことを思い出した。

「あのっ、お医者さん! すぐそこにいるから! 呼んで来るから待っててね!」
 
言葉の通じない相手に、そう言っても分かってはもらえないだろう。中性的なその人物は、警戒心丸出しの瞳で乃亜を睨んでいる。
 
とにかく、ここは乃亜だけではどうにも出来ない。
 
丁度高倉家の隣には小さな医院があり、そこには腕がいいと評判の若い医師がいたのだ。

「待っててね!」
 
もう一度そう言うと、その医院に向かって走り出した。