「そう、ありがとう。それじゃあ今日はこれくらいにして…」

「うん、着替えたら雛、起こしてくるよ」

「ありがとう、お願いね」

「うんっ」
 
幼い子供のように素直な返事を返し、リビングの窓を閉めると、玄関わきの水道の蛇口をひねった。
 
中秋のこの季節、早朝の水は凍えるほど冷たい。

身を縮こめながら手を洗うと、ブンブンと手を振って水気を飛ばしてからズボンで軽く拭いた。

 
そして家の中に入ると、自分の部屋のある3階(屋根裏部屋ともいう)へ上がっていった。

この部屋を、兄である陽央──これも聖たちがつけてくれた名前だ──と一緒に使わせてもらっている。
 
ベッドの横にかけられた白いシャツ、赤いネクタイをすばやく身につけ、紺色のブレザーを羽織ながら階下の寝室の扉を開けた。

「雛ー、朝だよー」
 
声をかけると、ふたつ並んだセミダブルベッドの真ん中で、布団がもぞもぞと動いた。

「んんー、あさー?」
 
まだ寝ぼけ顔で、布団からかわいらしい少女が顔を覗かせる。

「おはよう、雛」

「ふうん……おはようごじゃいましゅ……」
 
小さな手でゴシゴシ目をこすりながら、雛は起き上がった。