事故で失くした記憶を取り戻したため──と聖は学校側に説明してくれた。

それでも、先日まで能天気で穏やかだった人間が、いきなりぶっきらぼうで愛想のない人間に変わったのだから、それは戸惑うだろう。
 
最初は皆、話しずらそうだった。遠慮も見えた。
 
しかし徐々に“黎”は受け入れられていった。

黎も溶け込もうと努力した。

段々と垣根は取れ、近頃では友人と呼べる者も出来た。陽央以外に何でも話せる友人というのは初めてだ。
 
日々の他愛無い出来事や将来についてや、ちょっとした悩み、好きな子の話も。人によって様々な考え方があることが新鮮に感じられた。
 
そういう環境の中に、もう少しいたいと思った。
 
まだ人間的に学ばなければならないことがたくさんあるように思えたから。


そして、何よりも…。


「こんにちは~!」
 
玄関の方から元気な声が響く。その声を聞いて、黎は小さく息をついた。

「また来たか」
 
そう言いながら、顔がにやけていることを自身は気付いていない。
 
しかし、部屋の中にいたのでは彼女に会うことは出来ない。

一年前のあの一件以来、乃亜は黎の部屋へ入ってこなくなったのだ。二人きりになるのを避けてのことだと思うが……それでも『好き』と言う乃亜の心理が解らない。