それにしても、この乃亜は…。
 
怒っているのだろうが、傍から見ていると一人で喜劇を演じているかのようだ…。
 
そんな黎の視線に気付いたのか、乃亜は真っ赤な顔をして怒りの表情を作る。

「私、すっごく怒ってるんだから! あんなことしてっ……ホント、傷ついた!」

「……」
 
それはそうだろう……と、顔を逸らす。

「黎なんてっ……て、思った。けど…」
 
一瞬悲しそうな顔をした後、乃亜はまた目を吊り上げた。

「黎はずるいのよ! そんな風に中途半端に優しくしてっ……ちゃんと突き放してくれないんだから!」

「それは…」

(俺の中で迷いがあるから)
 
そうだ…。
 
ノアのために突き放したいと思っても、どこかで乃亜のことを待っているのだ。それを受け入れられなかった…。

「そんなだから私はっ…」
 
乃亜は両手をギュッと握り締め、言った。

「悔しいから絶対黎を嫌いになんかなってやらないから!」

「──」
 
その言葉に驚愕して、黎は顔を上げた。
 
視線が合って、乃亜は「うっ」と声を詰まらせる。

「と……とにかく、これからも付きまとうから! 覚悟してろこの野郎っ!」
 
言いながら猛ダッシュで逃げていく。
 
途中、椅子の角に足を取られ、転びそうになりながら病院内へと走っていった。その姿を唖然としながら眺めていた黎は、いつしか声を押し殺して笑っていた。