横暴な父の代わりに。

一度も傍にいてくれなかった母の代わりに。

敵意しか向けない兄弟の代わりに。

──最も愛しい存在の代わりに。

無意識の内に望んだもの、全てを手に入れて。

緑溢れるこの美しい世界で、何もかも忘れて生きることが……それが彼女の願いだったとでも言うのか!


何も知らないで、幸せになることが。

願いだとでも言うのか……。


黎は大きく頭を振った。

(認められない)
 
誰が認めても、自分だけは。

(こんな、現実!)
 
ノアのいない世界など。


「ノアはあの時……一緒に死んでもいいって言ったんだ! なのに俺一人置いて、幸せを願うだなんてありえねえ!」

「そんなこと! だってノアは最後に『助けて』って言ったのよ! だからアタシはアンタをここに連れて来た!」

「そんなの知らねえよ!」
 
「黎! 聞いて、本当のことよ。ノアはアンタに生きていて欲しかったのよ!」

「黙れ!」

 
黎は陽央から逃げ出す。
 
 
真実などどうでも良かった。 
 
ただ、ここに一人で幸せでいることが耐えられなかったのだ…。


 
徐々に暗くなってきた空からは、冷たい秋雨が降り注いできた…。