「杏、今から話す事を
 ちゃんと
 最後まで聞いてほしい」

食事を取りながら話すような
内容ではない事を、樹は
分かっていたが、二人だけの
時間は限られている。
 
いつも以上に真剣な樹の瞳に
杏も手を止めて、お箸を置き
彼を見つめて頷いた。

「前に、杏の家の近くに
 住んでいた事があると
 言ったのを覚えてる?」

「確か、デビュー前に・・・」

「上京したばかりの俺達は
 安くてボロいアパートを
 借りて、五人一緒に
 そこに住んでいたんだ
 
 皆それぞれにバイトを何箇所
 も掛け持ちして働いた」

そうして、できたお金を寄せ
集めてスタジオを借りてバンド
の練習をし、ライブハウスで
歌わせてもらう日々が続いた。
   
「その費用に大半は使われ
 残ったお金は遅れた家賃に
 光熱費を支払うだけがやっと
 ・・・
 お金はいつも底をついていた
 ・・・」