私は後ろをむかずに答えた。
まだ息が落ち着かない。

「はぁはぁ…でも…はぁ…私はもう無理なの…」

すぐ後ろに望が追いついたのが分かった。

望は私の右肩を掴んで、「こっちをみろよ」と言った。
私はびくびくしながら望に振りむいた。

私より少し背が高くて真っすぐな黒髪。上は黒のジャケットの中に灰色のパーカー。下はピッタリとしたジーンズ。望の細い身体にあっている。

望は息を整えて言った。
「別れるとかの大事な話し合いを言い逃げするのは俺は大嫌いだ。」

目が怖い。私は思わず俯いてしまった。
逃げ出した私が悪いのはわかってる。話し合いをせずに逃げ出した私が悪いのはわかってる。

「なにが『好きじゃなくなったから別れよう』だよ…俺は別れたくない…好きなんだ…」

望の『好きなんだ』は妙に優しく耳に響いて、私は泣きそうになった。
下をしっかりむいて隠した。
私から切り出して私が泣くのははなはだおかしい話だ。

私は慎重に言葉を選んで口にした。

「…ずっと…考えて…考えて…だした結論なの…それしか行き着かなかったの…私…あのとき…望に怒られてから…」

望がため息つくのが聞こえた。後悔が混ざった息だった。

「…ごめんな…裕美子…ごめんな…」

最後の声は震えていた。