ガラスのタンポポ

一一一ピンポーン


「あっ!もうこんな時間!おばあちゃん、帰ってきたんだっ」


「あ、いいよ、奏来。オレが迎えに行く」


料理の手を止めさせぬよう、オレは奏来の家から出て一階のエレベーターホールに降りた。


介護のヘルパーさんがオトばあを送ってくれるのは、マンションの正面玄関まで。


オートロック式の上の階までは送ってくれない。


「オトばあ、おかえり」


車椅子のオトばあの視線に合わせて腰をかがめると、ヘルパーさんは営業スマイルで、


「今日はすごかったんですよ。車椅子から立ち上がってご自分でお散歩なさりたいって。でも気持ちばかりが先走ってしまって、思うように平衡感覚が保てなかった事に、ちょっとイライラしたみたいです。でもオトさん、大丈夫ですよ。明日からまたゆっくり練習しましょうね?」


オレはありがとうございましたと礼を言うと、オトばあの車椅子をゆっくり押す。


オトばあは少し疲れているのか、思い出せないのか、オレの名前を呼ぶ事はなく、黙ってエレベーターの扉が閉まるのを見ていた。