そこへ、人数分の水の入ったガラスのコップを白いトレイに載せて、左の胸元にネームをつけた若い男が礼儀正しく軽く頭を下げ、コップをひとつひとつ静かにテーブルに置くと、

「ご注文はお決まりでしょうか」
 

と、決まり文句を口にした。
 
一番手前に座る陸燈は、真空のツインテールの片方をハンドタオルで挟んだまま、何とはなしにそのウエイターを軽く見上げた。特に意味のない行動だったのだが、そのおかげでウエイターは驚きの表情を浮べた。


「陸燈?!」

「……」
 

予想外の反応をみせたウエイターに、陸燈は一瞬目を大きく見開いた。
 
タオルで挟んだ黒髪が動いたことで、真空がこっちを振り向いたのが見ずとも知れた。他のメンバーも突然の声に反応を見せている。
 
このウエイターとは知り合いだっただろうかと、眉根を寄せた陸燈は一瞬のうちに記憶をたどってみたが、まったく覚えがない。


「あ、すみません」
 

視線を集めていることに気付いたウエイターは、照れた様子で後頭部に手を当てた。


「俺、あんたのファンなんですよ。毎週あそこの噴水のところでギター弾いてるでしょ?俺ここで夜バイトしてんすけど、必ず土曜の夜はシフト入れてもらって、休憩時間に聴きに行ってるんです。でも、今日こんな天気になっちゃって、さすがに弾いてないよなって思って諦めたんすけど」
 

おかしく崩れた敬語は、奥ゆかしい仕草の彼にどことなくはまっていた。