あいつは机の本棚に手を伸ばして、整頓されたそこから辞書を抜き取った。
「また忘れて帰ったんでしょ?置き勉なんてするから」
「…うるせぇよ」
僕はあいつの差し出す辞書を受け取り、部屋を後にしようとした。
「雪ちゃん」
そんな僕を、あいつの声が止めた。
入り口の前で振り返る。
「ストラップ…つけてないんだね」
あいつは僕の腰元を見ながら呟いた。
僕等は中学生になり、入学祝いに携帯電話を買ってもらった。
あいつは嬉しそうに、「これでストラップがつけれる」と喜んでいた。
今机の上にあるあいつの携帯にはピンクの『ゆきちゃん』がついていて、僕の制服のズボンからのぞく携帯には、何もついてはいない。
「つけてくれないの?」
寂しそうなあいつの声が、僕の胸を締め付ける。
「…んな昔に買ったもの、もうねぇよ」
なるべくあいつの顔を見ないようにして、僕は部屋を出た。
パタンと閉まるドアの向こうで、あいつが小さく「…ふんだ」と言うのが聞こえた。
僕はそのまま、あいつの家を後にした。
……………



