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幼い頃、インフルエンザにかかった僕を父が病院に連れてきてくれたことがある。
あの時の病院の匂いと、父の背で聞いた父の足音は今でもはっきりと覚えている。
丁度今自分の周りにまとわりついている匂いと足音が、その記憶とリンクした。
…病室の前に、スーツ姿の男性がいた。
コーヒーを片手にぼんやりと宙を見ている。
僕は自分の記憶にあるこの人と今のこの人との差を感じながら、ゆっくりと口を開いた。
「…おじさん」
彼はゆっくりと僕に視線を移す。
少し驚いた表情を見せたが、やがて軽い笑顔を作り言った。
「…雪君じゃないか。いや…驚いたな。すっかり大きくなって…」
「もう子供じゃないんだから、こんなこと言うのも失礼かな」と頭をかく姿は、昔のおじさんと同じだった。
ただ、昔の太い腕やがっしりした肩幅は、いつの間にか随分痩せてしまった様に思う。
「…お久しぶりです」
僕は社交辞令にならない様にあいさつをし、「あいつは…」と呟いた。
すぐに『あいつ』と言ったのは失礼なんじゃないかと思ったが、おじさんは気にせずに軽く眉を下げて言った。



