桜の木々が風に揺れる下には、あいつがいた。
ざぁっと激しく揺れる木々とは正反対に、あいつは微動だにせず立っている。
傘もささずにいたあいつの頬には、長い黒髪がぺったりと張り付いていた。
僕の存在に気付いていないあいつは、桜の木に向かって祈るように手を組んでいた。
強い風と雨の中、そんなのものともせずに静かに目をつむっているあいつ。
暗い校舎裏の庭には、空から少しだけ光が射し込んでいて、あいつの足下をほのかに照らしていた。
…僕はただ、呆然と立ち尽くしていた。
びしょ濡れになっている制服。
どんどん強くなる雨と風。
襲いかかる様に揺れる木々。
ぞっとしてもおかしくない様な雰囲気なのに、僕は何故か心が穏やかだった。
笑ってもいい。
キザだと思われてもいい。
そんな荒れ狂った場所で微動だにせず祈りを捧げるあいつは、まるでこの世の天使の様だった。
足下の光が、頭の上にあるはずの輪っかの代わりの様にも思える。
…それはまるで、美術館に納められている絵画の様に、美しく神聖な情景だった。



