「知樹」

駅にある時計は午後10時半を過ぎていた。

「今日は本当にありがとう」

智道が頭を下げる。

俺は手を左右に振った。

「いやいや、またどうにかして機会を作るよ」

そう言うと智道も桜も顔を見合わせて微笑んだ。

「…ただ、あいつらが気になるけどね」

一瞬、後ろを振り返る。

智道もチラッと視線を送る。

マスコミ関係者らしき、怪しい人影が見える。

「…まあ、有名になると仕方ないか」

俺は吐き捨てるように呟く。

桜がターゲットになるのは腹立だしい。

「…出来るだけ桜の事は守るけど、俺が出来ない時は智道、頼んだよ」

智道の肩を叩くとアイツはゆっくりと頷く。

「じゃあ…」

智道は視線を俺から桜に向ける。

「じゃあ、また…」

桜は頼りなさ気に手を挙げた。

智道は名残惜しいのを振り切るようにさっさと歩き出し改札口を通った。

「さあ、行くよ」

ボンヤリしている桜の手を引っ張る。

「う、うん」

桜はもう一度改札口を見つめる。

智道の後ろ姿が人の影にすっと消えて、諦めがついたのか俺の手を握ってきた。

俺もしっかりと桜の手を握る。



この二人を見ていたら、自分まで苦しくなっている事に気が付いた。