「どうしたの?杏梨」


貴美香が娘を見る。



「私、ワシントンには行かない」


「杏梨!いきなりどうしたのよ?」


「いきなりどうしたのって……行く話も何もしていないもん」


抱いていた陸君を健太郎に渡す。



「でも杏梨がこっちで1人暮らし出来るわけないじゃない」


「でもママ、私は行きたくないのっ」


怒りに任せて杏梨は立ち上がった。



「……杏梨 座るんだ ちゃんと話し合わなければいけないよ」


隣に座っていた雪哉に言われて杏梨は渋々といった風にもう一度座った。



杏梨が座るのを見てから春樹が話し始める。



「杏梨ちゃん、私達は君の事が心配なんだよ 出来れば一緒に来て欲しいんだ」


「そうよ 杏梨」


「でも英語話せないんだよ?どこの高校に入ればいいの?友達だってここにいるし……それに……」


ゆきちゃんもここにいる……。


杏梨の瞳が潤んできた。


今にも大きな目からは涙がこぼれそうだ。


「僕たちの家に来たらいいんじゃないかな?」


そう口を開いたのは健太郎だ。


「そうね 杏梨ちゃんうちへ来なさいよ」


ゆずるも泣きそうな杏梨に言う。


「そんな……もう18歳だし、1人で暮らせるよ」


ゆずるさん一家には迷惑かけたくない。


去年結婚したばかりの新婚さんなのだから。



私の目の前に座っているママが深いため息を吐いたのが聞こえた。


娘を1人で置いていく事が心配だ。


特に3年前のレイプ未遂事件があってから臆病になっている娘。


そんな子が1人暮らしなんて出来るわけがない。